私:Ph.D.をとるためアメリカに来て、今はポスドク中。 彼:元コミットメントフォービックなアメリカ人医師兼研究者。週一でクリニックをしながらポスドク中。


by hamakkoinmidwest

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最近、ウォールストリートジャーナルにYale大学の教授、Amy Chuaの出版した本の内容に関する記事が載ったのですが、それをめぐって全米でものすごい議論が繰り広げられています。(こちらが英語版。探したら日本語版もありました。)

記事の内容を簡単にまとめると、作者は娘達が成績優秀(いつも一番じゃないと許さない)で、音楽でもずば抜けて優れていることを当然として要求するので、娘が「できない」とでも言おうものならできるまでご飯も食べさせずに練習させる、という子育て方法をとっているということ。

これに対して賛否両論が爆発し、この記事を知らない人はいないんじゃないかくらいの話題になりました。
アメリカの最近の子育ての仕方はゆるやかで、子供をいつも褒め讃え、競争をさせて負けたら自尊心を傷つけるからビリになっても賞を与える、みたいなのが主流になってきたそうなので、それに反する極端な例となるかららしいのです。
そういう抱きかかえ的な育て方がアメリカ人のself entitlementを助長するのでは、という意見には私も少し賛成。

先日のニューヨークタイムス紙には、批判的な記事が載りました。
この記事を書いたDavid Brooksの意見は、スパルタ教育をするあまり、子供達に社交性を育てる機会を失わせている(アカデミックな世界では社交性がなくても生きて行けるからAmy Chuaにはわからないんだとか、イタいことも)、ということですが、それに対するコメントなどを見てみると、彼に賛成する人もいれば、友達と遊ぶのは楽しいから社交性は簡単に身に付くけれど、勉強や練習は努力が必要なことで、それを軽視するような言い方は良くないとかいう意見もありました。

うーん、結局バランスですよね。

私自身は、全く何も強要されないで育ちました。
親は良い成績を取れば良かったねと言ってくれるけれど、テストで悪い点だった時には私が個人的に満足いかなかっただけで、親にもっとがんばりなさいとか言われたことはありません。
高校受験も、私が進んで塾に行きたいと言い出し、行きたい高校も自分で選びました(しかも私立...大してお金がある家庭でもないのに)。
勉強に協力はしてくれていたけれど、趣味も自分のやりたいことをしていたし、スイミングクラブは嫌いだったので辞めたし(これは大人になってから激しく後悔していますが)本当に自由に育ったものだと自分で思います(笑)。
スパルタな親だったら私はどうなっていたのか、想像もつきません...逆に反発してグレて(死語?)たりして。

やはり子供によるんじゃないでしょうか?
元々自分に厳しいタイプの人間は、言われなくても向上心を持ち続けられるものだと思うのですが、自分に甘いタイプの人間は、少し周りから押されないとだめだと思うのです。そして、自分からやればできるのに、やりなさいと言われたとたんにやる気をなくす人間もいると思います。
「こういう育て方が一番」というのはきっとないんですよね。子育てって本当に難しそうです(^ ^;
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by hamakkoinmidwest | 2011-01-22 07:17

祖母のお葬式

突然消えてしまいましたがやっと戻ってきました。すみません。

実は12月に祖母が亡くなり、知らせを聞いた次の日に緊急帰国しました。
この間彼と日本旅行した時は、祖母はもう私のことが分からなくて、「生きているうちに会えるのはこれが最後かもしれない」と思ったのが現実となってしまいました。
何しろクリスマス期間だったので、貯まっていたマイルがあったのが救いでしたが、それでもものすごいマイルが必要だったのでとりあえず片道だけ航空券を買って、なんとかお葬式の前日に成田に付きました。

が、祖母の家は北陸なので、成田から直接飛ぶ予定だったのが、国内線が悪天候で欠航。
疲れていたし愕然としていると、ANAのチケットカウンタースタッフが陸路をプリントアウトしてくれ、JRのカウンターまで一緒に行ってチケットを買うのを手伝ってくれました。
これでギリギリの最終新幹線と特急に間に合い、その日の深夜に向こうに着くことができました。

次の日のお葬式は、祖母の家で家族葬でした。私は出席できませんでしたが、前夜のお通夜も家で行われました。
祖母は家にいるのが好きで、介護の為止むを得ず施設に入れるしかなかった時も帰りたい帰りたいと言っていたので、せめて葬儀は家でしよう、ということになったみたいです。

お葬式の後、火葬場に移動し、その後地元のお寺で納骨式がありました。

最後の最後にやせ細った祖母の顔を見た時には、「あまり遊びに来れなくて、ごめんね。」とばかり思ってしまいました。
祖母の最後の数年は認知症もありあまり幸せではなかったので、祖母がやっとそれから解放されたというのが慰めでしたが、いつまでも元気で生きていてほしかったというのが私の個人的な欲です。

そして今に始まったことではないのですが、親の老後がさらに心配になってきました。
今後さらに悩むことになりそうです。

というわけで新年のご挨拶は控えさせていただきますが、こんな駄ブログを今年もよろしくお願いします。
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by hamakkoinmidwest | 2011-01-07 02:46